
榎本 幹也くん(株)サンライズテニス
(横浜アカデミー高等部町田校2008年3月卒業)

「先生との距離が近い学校。」榎本くんの高校選びのポイントは、ずばりその一つでした。それというのも、中学時代までの職員室のあり方に寂しさや不満を感じていたのです。「何か話したいことがあって職員室に行っても、入れるのは入口のところまで。」本音も内に秘めた心のうちも語り合えない環境に、何とも言えない寂しさを感じ続けていました。 横浜アカデミー高等部のオープンキャンパスの日。彼が目を向けていたのは職員室でした。休み時間になると授業の質問やこれといった用事もなく楽しそうに職員室に出入りする生徒たち。先生方の周囲を生徒たちの笑顔や笑い声が囲む風景を見て、「理想の高校」を感じました。
榎本くんは中学生の時からテニススクールに通い始め、以来テニスに夢中でした。横浜アカデミー高等部時代も、週末は欠かすことなくテニススクールに通い続け、いつしか将来自分が進むべき道もテニスになっていきました。
彼は横浜アカデミー高等部を卒業後、日本工学院八王子専門学校に進学。所属は健康スポーツ科学科テニスコース。ここで将来テニスコーチとなるために日々勉強中です。コーチングはただ自分が上手くなるだけではなく、他人の技術の向上をはかっていくことが仕事。ここで思い出すことは、横浜アカデミー高等部で出会った先生方との時間です。「技術だけで解決できない、本当の意味での心と心のふれあいが大事なんです。」人生で最も大切なことを、榎本くんは高校生活を通して学びました。
村井 鮎美さん
横浜市内の幼稚園で幼稚園教諭として勤務
(横浜アカデミー高等部横浜校2007年3月卒業)

幼稚園の先生になって2年目を迎える村井さん。幼稚園の先生になりたいと思ったのは、中学3年生の夏休み、中学校の先生に勧められて、保育園で手伝ったことがきっかけでした。
中学卒業後、私立高校に進学した村井さん。しかし、その高校の厳しい校則になじめず、改めて横浜アカデミー高等部に進学しました。卒業後、保育系の専門学校で幼稚園教諭の免許を取り、現在、横浜市内の幼稚園に勤務して充実した毎日を送っています。高校時代にいろいろなアルバイトを体験して、一時は違う進路に進むことも考えました。しかし、進路指導の先生に勧められた専門学校に進み、高校入学前から夢に見ていた幼稚園の先生になることができました。「専門学校など進路の資料は表面的な部分しかわかりません。この学校は生徒が少ないので、先生が生徒一人ひとりをよく理解しています。先生からこの専門学校が合っていると言われて、安心して進路を決めることができたし、その通りでした。」
高校時代、文化祭で友達とダンスの発表をした時、「自分が楽しいだけではダメ。見に来る人たちに楽しんでもらえなければ、発表する意味がない」と顧問の先生から注意され、自分たちの甘い考えを直した記憶が今も残っています。
その言葉は今、園児たちを指導する立場になって、よくわかるようになりました。「叱っているばかりでは、子どもたちはついてきません。横浜アカデミー高等部には私たちの話を真剣に聞いてくれて、相談にも一生懸命考えてくれる先生がいます。」
「この密度の濃い3年間の高校生活があったからこそ、今があると思っています。高校3年間で私が成長した様に今、私も園児たちと一緒に日々成長していきたいと思います。」